2008/07/31
市議会終了〜議長問題は持ち越し
あっという間に7月も最終日になってしまいました。
またも多忙により、更新が遅くなりましたが、その間も、いろいろな動きがありました。
まず、前回記事で触れた岩舟町の合併に関する住民投票ですが、
すでに報道でご承知のとおり、佐野市との1市1町合併を求める票が多数を占め、
栃木市等との1市5町合併派を2千票上回る結果となりました。
1市1町 5492票
1市5町 3485票
この結果を受け、1市5町合併の方針を示していた栃木町長が辞意を表明、
県の構想による1市5町による合併協議は、頓挫した形となりました。
西方町長は「枠組みが崩れれば白紙に戻すしかない」(「朝日新聞栃木版から)と表明しており、
鹿沼市の救急医療体制にも影響を与える下都賀地区の合併問題は、
急転する可能性が出てきました。
そして、7月28日(月)には、鹿沼市議会が全ての日程を終了しました。
この日は副市長に福田康行企画部長と、宮本秀夫建設部長を選任する議案も可決され、
佐藤市長の執行部体制が固まりました。
ちなみに、次の市議会は9月開催予定です。
さて、当ブログでも再三書いてきましたが、小松議長の進退をめぐる混乱は、
結局、今回の市議会では決着がつきませんでした。
他の議員達は一般質問の中でも議長に辞意を求めましたが、
小松氏は議会最終日まで議長をつとめ続けました。
法律上、議長本人から辞意が示されるか、何らかの原因で議員を辞職しない限り、
議長職を任期途中で交代させることは、難しいようです。
小松氏を除く27人の議員も、手詰まり状態になっているのは否めません。
そんな中、7月27日の「下野新聞」の「断面とちぎ」には、山口達也、臼井義隆記者の連名による
「混乱続く鹿沼市議会 議長と議員 不信深刻」という記事が掲載されました。
この記事では、今回の市議会での対立の経緯を紹介しているほか、小松議長の主張についても報告しています。
小松議長は、市議会等の公的な場所でこの問題に関する主張をしていませんから、
この記事は貴重だと思いますので、その部分を抜粋します。
小松議長が「孤独な闘争」を続ける理由に「暴力団と闘った側との思いがある」と指摘する関係者も少なくない。
会合相手の暴力団は結果的に「議長を脅した(職務教養)」として有罪判決を受けた。小松議長は自らを被害者とし「脅されて会合に出席した側は誰も逮捕されていない。暴力団と関係がある建設業者も私達によって指名停止になった。業者と親密な議員は数人いる。」と主張する。
これに対し追及派の議員は「暴力団との面会自体が問題だ」と反発している。
この記事のとおりだとすれば、やはり小松氏は自らの行為(暴力団との密会)を「間違っていた」とは
認識していないようです。これでは話になりません。
おりしも7月25日には、「暴力追放市民総決起集会」が開催されました。
7月26日の「朝日新聞 栃木版」記事によると、
シンポジウムでは、2001年に暴力団員らに殺害された小佐々守さんの妻、冽子さんも出席し、
「夫の犠牲は何だったのか。夫がいちばん悲しんでいる」と語り、
暴力団組長と安易に面談した市政界トップの対応を批判した。
冽子さんは、阿部前市長らが暴力団組長と密会した昨年12月が、01年の事件を巡る
市との和解協議が大詰めの時期だったことを踏まえ、
「ただ判子を押せばいいと考えていたのか。とてもショックでした」とも述べた。
さらに、佐藤信・現市長に「職員も毅然とした対応が必要と百も承知しているが、
怖いものは怖い。トップが支える決意を示してほしい」と要望。
佐藤市長は、「安心して相談できる環境づくりを約束する」と答えた。
この記事の、冽子さんの発言が、全てではないでしょうか。
密会したことそのものが大きな問題であり、それを認識できないような議員は不要です。
ところで、同記事によると、小松議長も、このシンポジウムに来賓として出席し、
「「議会として常に皆様の声に耳を傾けながら努力したい」とあいさつした。」といいます。
これほど馬鹿にした発言もないでしょう。
というか、自分も批判されている当事者だという意識は無いのでしょうか?
まったく理解していないにしても、理解したうえで行うにしても、
どちらにしても話しになりません。
皆さんのご意見もお待ちしています。
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またも多忙により、更新が遅くなりましたが、その間も、いろいろな動きがありました。
まず、前回記事で触れた岩舟町の合併に関する住民投票ですが、
すでに報道でご承知のとおり、佐野市との1市1町合併を求める票が多数を占め、
栃木市等との1市5町合併派を2千票上回る結果となりました。
1市1町 5492票
1市5町 3485票
この結果を受け、1市5町合併の方針を示していた栃木町長が辞意を表明、
県の構想による1市5町による合併協議は、頓挫した形となりました。
西方町長は「枠組みが崩れれば白紙に戻すしかない」(「朝日新聞栃木版から)と表明しており、
鹿沼市の救急医療体制にも影響を与える下都賀地区の合併問題は、
急転する可能性が出てきました。
そして、7月28日(月)には、鹿沼市議会が全ての日程を終了しました。
この日は副市長に福田康行企画部長と、宮本秀夫建設部長を選任する議案も可決され、
佐藤市長の執行部体制が固まりました。
ちなみに、次の市議会は9月開催予定です。
さて、当ブログでも再三書いてきましたが、小松議長の進退をめぐる混乱は、
結局、今回の市議会では決着がつきませんでした。
他の議員達は一般質問の中でも議長に辞意を求めましたが、
小松氏は議会最終日まで議長をつとめ続けました。
法律上、議長本人から辞意が示されるか、何らかの原因で議員を辞職しない限り、
議長職を任期途中で交代させることは、難しいようです。
小松氏を除く27人の議員も、手詰まり状態になっているのは否めません。
そんな中、7月27日の「下野新聞」の「断面とちぎ」には、山口達也、臼井義隆記者の連名による
「混乱続く鹿沼市議会 議長と議員 不信深刻」という記事が掲載されました。
この記事では、今回の市議会での対立の経緯を紹介しているほか、小松議長の主張についても報告しています。
小松議長は、市議会等の公的な場所でこの問題に関する主張をしていませんから、
この記事は貴重だと思いますので、その部分を抜粋します。
小松議長が「孤独な闘争」を続ける理由に「暴力団と闘った側との思いがある」と指摘する関係者も少なくない。
会合相手の暴力団は結果的に「議長を脅した(職務教養)」として有罪判決を受けた。小松議長は自らを被害者とし「脅されて会合に出席した側は誰も逮捕されていない。暴力団と関係がある建設業者も私達によって指名停止になった。業者と親密な議員は数人いる。」と主張する。
これに対し追及派の議員は「暴力団との面会自体が問題だ」と反発している。
この記事のとおりだとすれば、やはり小松氏は自らの行為(暴力団との密会)を「間違っていた」とは
認識していないようです。これでは話になりません。
おりしも7月25日には、「暴力追放市民総決起集会」が開催されました。
7月26日の「朝日新聞 栃木版」記事によると、
シンポジウムでは、2001年に暴力団員らに殺害された小佐々守さんの妻、冽子さんも出席し、
「夫の犠牲は何だったのか。夫がいちばん悲しんでいる」と語り、
暴力団組長と安易に面談した市政界トップの対応を批判した。
冽子さんは、阿部前市長らが暴力団組長と密会した昨年12月が、01年の事件を巡る
市との和解協議が大詰めの時期だったことを踏まえ、
「ただ判子を押せばいいと考えていたのか。とてもショックでした」とも述べた。
さらに、佐藤信・現市長に「職員も毅然とした対応が必要と百も承知しているが、
怖いものは怖い。トップが支える決意を示してほしい」と要望。
佐藤市長は、「安心して相談できる環境づくりを約束する」と答えた。
この記事の、冽子さんの発言が、全てではないでしょうか。
密会したことそのものが大きな問題であり、それを認識できないような議員は不要です。
ところで、同記事によると、小松議長も、このシンポジウムに来賓として出席し、
「「議会として常に皆様の声に耳を傾けながら努力したい」とあいさつした。」といいます。
これほど馬鹿にした発言もないでしょう。
というか、自分も批判されている当事者だという意識は無いのでしょうか?
まったく理解していないにしても、理解したうえで行うにしても、
どちらにしても話しになりません。
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テーマ:
政治・地方自治・選挙 -
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政治・経済



